令和8年7月

 「セレンディピティ」という言葉があります。「思いもかけない偶然から重大な発見や発明を行う能力」というような意味で使われる言葉です。

 この言葉は、『セレンディップの三人の王子たち』というおとぎ話に由来しています。
 セレンディップというのはスリランカの古い名前で、この話の中で、旅に出たセレンディップの王子たちは、偶然と英知によって、探してもいないものを発見し、旅の途中で遭遇する問題を解決していきます。
 18世紀のホレス・ウォルポールというイギリスの文筆家が、幼い頃に読んだこのおとぎ話から、セレンディピティという言葉をつくり出したということです。

 科学の研究には、このセレンディピティによるものが数多くあります。
 例えば、レントゲン博士による「X線」の発見です。中学2年の物理で「陰極線」を学びます。陰極線の正体は、真空放電の際に陰極から発せられる電子の流れですが、レントゲン博士は、その正体がまだ明らかになっていなかった1895年、陰極線の実験をしている最中に、偶然、離れたところに置いてあった蛍光板が光っていることに気づきました。そして、なぜ光るのかを徹底的に調べ追究したことでX線の発見に至りました。これにより、レントゲン博士は第1回のノーベル物理学賞を受賞しています。

 セレンディピティは、しばしば「幸せな偶然」という意味で使われることがあります。確かに、成功につながる偶然に恵まれるのは幸せなことです。しかし、偶然に恵まれても、気づかなければそれは素通りしてしまいます。重要なことは、訪れた偶然に気づくことができるかどうか、そしてそれを生かすことができるかどうか、ということです。これはひとえに、その人の心がまえにかかっています。
 まずは、思い込みや先入観を手放し、風とともに流れ消えては現れる白い雲のような自由な心で、周囲の出来事を注意深く観察する。これは、セレンディピティ的発見の必要条件と言えます。先日、君たちがギネスの世界記録を達成した坐禅は、思い込みや先入観を片付け、スッキリした自由な心を育みます。
 では、十分条件は何か。それは、気づいた偶然を解析する能力と物事に粘り強く取り組む根性です。この資質は、日々の学びに誠心誠意ひたすらに取り組むことで磨くことができます。逆に言うと、日々の学びをおろそかにしていたら、せっかく偶然に気づいても、それをものにすることができなくなってしまいます。

 世田谷学園には、君たちの探究心を刺激するしくみがあります。例えば、せたがやチャレンジ(せたチャレ)、あるいは世田谷サイエンスプロジェクト(SSP)、SETA学会(SETA=Science,Engineering,Technology,Arts)も毎年開催しています。探究を進めて行く過程では、君たち自身がセレンディピティ的発見を経験することもあるかもしれません。
 偶然はいつ訪れるかわかりません。そのチャンスを逃さず、しっかりとつかみとる。そのためにも、普段から自らの心を調え、資質を磨く、その努力を惜しまないでほしいと思います。

(1学期「終業式」式辞より)