令和8年5月

 人は何のために生まれてきたのか。それは、たった一度の人生を自他ともに、自分も他の人もともに幸せに生きていくためです。君たちの教室に「六波羅蜜」、すなわち「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」を掲示してありますが、これらは人生を自他ともに幸せに生きていくための6つの実践です。

 その一番目に「布施」があります。布施とは、見返りを求めず、思いやりの心で他のために自らの力を使うということです。「お布施を包む」という表現がありますが、こうした金品による布施のことを、「財産」の「財」という字を使って「財施」と言います。
 学園では創立125周年の記念事業として、2年前にグラウンドの人工芝化工事を終え、昨年度いっぱいで新校舎「白雲館」も竣工しました。そのために、学園がご縁をいただいた各方面の皆様からご寄附を頂戴しています。まだ収入の少ない若い同窓生が、複数回に渡ってご寄附をしてくださったこともありました。白雲館だけではありません。他の校舎も、建設に際しては多くの方々がご寄附をしてくださっています。ご自身の大切な財産から、世田谷学園に学ぶ生徒たちのためにと、財施をしてくださったのです。君たちは、そのことに対する感謝の気持ちを持って、それぞれの校舎を大切に使い、学びが確かなものになるように努力しなければなりません。

 翻って、まだ自分自身で働いて収入を得ることのできない君たちには布施はできないのかというと、そんなことはありません。歳末助け合い募金のときなど、自分のお小遣いから財施をしたことがある人もいると思いますが、それ以外にもできる布施はあります。見返りを求めず、思いやりの心で他のために自らの力を使う、それが布施だと言いました。仏教では、「無財の七施」と言って、財産がなくてもできる七つの布施が示されています。優しい眼差しの「眼施(げ(が)んせ)」、和やかな笑顔の「和顔施(わが(げ)んせ)」、愛情のこもった言葉の「言辞施(ごんじせ)」、人のために自らの身体を使って行動する「身施(しんせ)」、相手を思いやる心の「心施(しんせ)」、譲り合う気持ちの「床座施(しょうざせ)」、雨宿りの屋根や一夜の宿を提供する「房舎施(ぼうしゃせ)」がそれです。

 以前、電車のダイヤが大幅に乱れて、学園でも始業時間を遅らせたことがありました。そういうときの電車の中は大変な混雑になりますが、そこでの学園の生徒の振る舞いについて、ある女性からご連絡をいただきました。電車の中で押し潰されそうになっていた小学校低学年の男の子を、学園の生徒3人が、自分たちの体勢を保つのも大変な状況の中、3人で壁になって男の子を守り、「大丈夫?」と何度も声掛けをしたり、荷物を持ってあげたりしていたのだそうです。女性は、微笑ましく勇気ある行動だった、男の子もやさしいお兄さん達に守ってもらい安心して登校できたのではないか、自分自身もあまりの混雑でぐったりして出社するところをその日はとても晴れやかな気持ちだった、そう伝えてくださいました。そして、ありがとうございましたという感謝の言葉も添えてくださいました。

 3人の生徒の振る舞いは、人のために自らの身体を使って行動する身施、愛情のこもった言葉の言辞施の実践と言えます。連絡をくださった女性がおっしゃるように、それは男の子に安心感をもたらしたはずです。同時に、3人の生徒も清々しさを感じながら登校したのではないかと思います。そればかりか、殺伐とした雰囲気になってもおかしくない状況で、周囲の方々の心にも潤いをもたらしました。
 布施には、相手の心、自分の心、さらには周囲の人々の心を豊かにする力があるのです。

 布施は心のあり方一つで、誰でも、どんなときでも実践できます。見返りを求めず、思いやりの心で他のために自らの力を使う。心がけてそれを実践していく。たった一度の人生を、自他ともに、心豊かに幸せに生きてほしいと思います。

(「朝礼」より)