令和3年7月

 今年の5月26日、皆既月食がありました。皆既月食中の月は、真っ暗になって見えなくなってしまうのではなく、赤銅色(しゃくどういろ)と言われる赤茶けた色に見えます。しかも、このときの月は、その軌道の中でも地球に最も近い位置にあり、したがって最も大きく見えるスーパームーンの満月でした。次に皆既月食とスーパームーンが重なるのは2033年10月8日ということで、12年待たなければなりません。多くの人が、今回の幻想的な光景を楽しみにしていたのではないかと思います。  多摩川の土手にも、この現象が起こる南東の空を見上げていた人々がいたようです。しかし、皆既月食となるはずの夜の8時過ぎは、残念ながら多くの場所で曇っていて、人々は「あーあ、残念だ」、「時間の無駄だったね」とつぶやきながら三々五々、帰って行きました。

 その中に、高校生の娘さんと来ていた女性がいました。女性もまた、「せっかく来たのにね。西の空は晴れているのに運が悪かったね」と、娘さんにぼやきました。ところが、娘さんは空を見上げながら、「皆既月食は見られなかったけれど、このコロナ禍で皆がひとつのことに向かっている姿って、何だか一体感があっていいな。なかなか、同じことを一緒に楽しめないご時世だから、うれしいなあ」、そう言って微笑んだのだそうです。
 女性はこの言葉にハッとしました。どうしても「出来なかったこと」を数えてしまう自分がいる、しかし「出来たこと」も数多くある、その事実に気づくことができた、娘さんから学んだ一夜だったと、このときのことを振り返っていました。

 どうも私たちには、ネガティブ感情がポジティブ感情より先に生じる傾向があるようです。それは、進化の過程で、危険を察知して生命を守ろうとする生存本能から生じたものだと言われます。そうであるならば、ネガティブ感情は悪いものではなく、それを抱くのは当たり前のことと言えます。しかし、それが過剰になってしまうと、悪いことばかりを考えて、毎日が辛くてどうしようもなくなってしまいます。
 大切なことは、この女性がそうであるように、湧き起こる感情の原因は、起こった出来事というより、出来事に対する自分の受け止め方にあるということに気づくことです。同じ出来事に遭遇しても、心の態度次第で、感情はネガティブにもポジティブにも変わるのです。

 世の中に、思いどおりにならないことはいくらでもあります。そのときに、「出来ないこと」、「出来なかったこと」、そうしたことばかりを数えていては、心は不平や不満にとらわれてしまいます。しかし、その中にも「出来ること」、「出来たこと」、あるいは出来なかったことからの「学び」といった恵みもあるはずです。それを探してみることです。その恵みに気づけば、感謝が生まれます。そうすると、目の前の「今、ここ」に対して、前向きな気持ちで臨むことができるようになります。

 明日から夏期休暇に入ります。講習や部活動はありますが、学期中に比べて、君たちそれぞれの時間が増えます。それだけ、自分で自分の行動をコントロールすることが求められることになりますが、ぜひ心の態度もコントロールして、前向きな気持ちで、有意義にこの休暇を過ごしてください。
(「1学期終業式」式辞より)