令和3年6月

 先月の朝礼で、君たちの教室に掲げてある「六波羅蜜(ろくはらみつ)」に触れました。六波羅蜜とは、布施(ふせ)・持戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧(ちえ)のことですが、今日はその第一の「布施」に関する話をしたいと思います。布施とは、慈悲の心で他のために自らの力を使い、見返りを求めないことを言います。「お布施を包む」という表現がありますが、布施は決して金品によるものばかりではありません。例えば、相手を思いやってかける言葉も、りっぱな布施です。

 ある初老の女性が、体調をひどく崩して病院に行ったときのことです。そこはかかりつけの病院ではありましたが、その日はいつも診てくれる院長先生の診察日ではなく、別の若い男性の医師が診察をしてくれました。女性は事情を説明して、「点滴でもしていただいたら、少しは元気が出るのではないかと思うんです」と訴えました。ところが、その若い医師から返ってきたのは、「点滴1本で病気が治るなら、医者はいらない」という言葉でした。それでも点滴を打ってもらうことはできましたが、医師の言葉通り、女性は何の効果もなかったような気がしたそうです。
 数日経って、今度は院長先生の診察日にこの病院へ行きました。院長先生は「点滴をしましょう。この中にいいお薬がいろいろ入っているので心配いりません。元気になりますよ」と言ってくれました。あとで看護師さんに聞いてみると、この前の点滴と同じだということでしたが、このときはとてもよく効いた気がしたそうです。

 薬には「プラシーボ効果」というものがあると言います。例えば、ただのデンプンのように、薬ではない成分しか入っていなくても、患者がこれを有効な薬だと思って服用すると、症状が回復したり和らいだりすることがあります。薬の効果は、それを服用する人の心理状態に影響されることがあるということです。
 女性が感じた点滴の効果が、若い医師と院長先生のときとで違ったのも、このプラシーボ効果が関係している可能性は十分に考えられます。つまり、若い医師の心ない言葉が、点滴の効果を打ち消してしまったのに対して、院長先生の思いやりのある言葉は、女性に安心感を与え、点滴の効果にプラシーボ効果が加わってとてもよく効いたのではないかということです。

 「プラシーボ」という言葉の語源は、「喜ばせましょう」という意味のラテン語だそうですが、相手のことを考えた思いやりのある言葉には、人の心を救ったり、勇気づけたりする力があります。

 道元禅師は「愛語よく廻天の力あることを学すべきなり」と仰っています。愛のある言葉、思いやりのある言葉は、自分や他の人の人生を根底から変えてしまう、それほどの力を持っているということです。

 言葉だけではありません。柔和な微笑み、親切な振る舞い……、金品でなくても、君たちは多くの心の財産を持っているはずです。持っているのならば、それを他のために使う。見返りを求めずに使う。そうすれば、相手も自分も心が満たされていきます。

 自他ともに、心豊かに幸せに、人生を生きてほしいと思います。
                                    (「朝礼」より)