令和4年10月
大阪で開催されたハーフマラソンでボランティアを務めたある高校生の話です。ボランティアは決して「してあげる」ものではなく、自分を成長させ、心の充実をもらえるものだと思いますが、その高校生に大きな気づきをもたらしてくれたのは、60代くらいの男性ランナーでした。
その男性は、最後尾ではありましたが、ゆっくり、しかし途中で歩いたり止まったりすることなく、ひたすら自分のペースを守って懸命に走っていたそうです。それまでの高校生は、学業や部活動などで自分と周囲とを比べて、焦ってしまうことがよくあったのですが、まっすぐ前を見て走り続けるその姿を見て、自分も目標をめがけて努力を続けようと思えるようになった、自分の人生というマラソンに大きな力を与えてもらえたということでした。
すでに帰り支度をしているランナーもいる中、彼はゴールでテープの端をもって男性を出迎えました。そのとき、思わず涙ぐみながら「おつかれさまでした」と声をかけた高校生に、男性は丁寧におじきをしてくれたそうです。
君たちは「ウサギとカメ」の童話を知っていると思います。
この話で、なぜウサギは負けたのか。それは、ウサギが自分の力を過信して油断していたからだとよく言われます。確かに油断は大敵です。しかし、この話にはもっと大切な教訓があるのです。
どういうことかと言うと、ウサギとカメとでは見ているものが違っていたということです。
ウサギが見ていたのはカメです。カメばかりを見て、だからノロノロとやってくるその姿に油断してしまった。これに対して、カメは旗の立っている山の頂上、つまり目標をみつめてひたすらに前進し続けた。つまり、この話は、競争相手がどうこうではなく、自分自身が「明日をみつめて、今をひたすらに」精進を続ける、その大切さを教えてくれているのです。
おそらく、ボランティアをする前の高校生が感じていたのは劣等感であり、スタートをしたときのウサギが感じていたのは優越感であろうと思います。それらは他人と自分を比べることで生じます。そして、他人と自分を比べてしまうのは、自分を信頼する心、つまり「自信」のなさの表れでもあります。自信がないから他人と比べて、もしそのときに自分の方が勝っていると思うと優越感を感じます。優越感は心地よいものかもしれません。しかし、それは本当の自信ではないので、ときに油断を生んで失敗につながったり、自分より勝っている人がいれば簡単に劣等感に変わったりしてしまいます。劣等感が向上心につながればよいのですが、それにとらわれすぎると、自己嫌悪に陥って前に進めなくなってしまうこともあると思います。
本当の自信、それは「明日をみつめて、今をひたすらに」精進していく、その過程の中でこそ育ちます。ぜひ君たちには、自分で自分のことを認められる揺るぎない自信を身につけてほしいと思っています。
(「朝礼」より)