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	<title>校長のおはなし | 世田谷学園</title>
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	<description>世田谷学園は教育理念に「Think&#38;Share」を掲げる東京都世田谷区にある私立中高一貫男子校です。</description>
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	<title>校長のおはなし | 世田谷学園</title>
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		<title>令和8年4月</title>
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		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 03:23:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　昨日の入学式に続き、本日は始業式を迎え、全学年が揃いました。新しい年度の始まりです。一人一人が、自分を大切に、人を大切に、自分には厳しく、人にはあたたかく、この世田谷健児、旃檀林の獅子児としての自覚をあらたにしてほしい [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　昨日の入学式に続き、本日は始業式を迎え、全学年が揃いました。新しい年度の始まりです。一人一人が、自分を大切に、人を大切に、自分には厳しく、人にはあたたかく、この世田谷健児、旃檀林の獅子児としての自覚をあらたにしてほしいと思います。</p>

<p>　さて、始業式に当たり、上級生には繰り返しになりますが、君たちが毎日当たり前にしている、そして新入生もすでにしてくれている、「校門での礼」の意味について、あらためて話をしておきたいと思います。</p>

<p>　「校門での礼」には、4つの意味があります。<br>
　1つ目は、もちろん出入の挨拶ということです。校門には先生や守衛さんがいます。だから、礼をする前あるいは後でしっかりと声を出して挨拶をする。朝は「おはようございます」、帰るときには「さようなら」、集団の中に自分を埋もれさせてしまうのではなく、一人ひとりが主人公として、気持ちのよい挨拶をする。挨拶はお互いの魂を開く鍵です。そこからお互いを尊重し合う心も生まれます。
　2つ目は、学園の歴史と伝統に対する敬意です。校門の正面にあるブリッジに、校章と教育理念である“Think&#038;Share”の文字が掲げてありますが、校章には学園の歴史と伝統が込められています。<br>
　この演台にも校章がありますが、校章の右側の模様は大本山永平寺の紋である久我竜胆（こがりんどう）、<img decoding="async" src="https://www.setagayagakuen.ac.jp/wp-content/uploads/2025/04/五七の桐.png" alt="校章" align="right" width="200" height="200" />左側は大本山總持寺の紋である五七の桐をデザインしたもので、この部分は、昔からずっと変わりがありません。以前は、この中に中学校の「中」、あるいは高等学校の「高」という文字が入っていましたが、1991年の創立90周年以来、ここには三角と円弧の形が入っています。三角は君たちが坐禅をしている姿、智と徳を修め学び、身と魂（たま）を鍛え磨く姿を表し、円弧は地球というやがて君たちが活躍する舞台を表しています。<br>
　3つ目は、校舎に対する感謝です。発心館、観性館、修道館、放光館、そして新校舎・白雲館、さらには校庭も含めて、これらは学業やクラブ活動などを通じて、君たちが、自らの内にもつ仏性、本来の面目というかけがえのない価値を磨き光り輝かせるための大切な道場です。その道場に対する感謝です。<br>
　4つ目は、校内各所の仏像に対する敬虔の念です。仏像は単なる偶像ではなく、内にもつかけがえのない尊い価値を明らかにした歴史上の実在した人物です。その方々に対して敬虔の念、うやまいつつしむ心をもつということです。同時に、その方々と同様、君たち一人一人もかけがえのない尊い存在です。りっぱな人間になることのできる力をもっています。だから、君たち自身が自らの内にもつかけがえのない価値、自らのいのちの尊厳と可能性に対しても敬虔の念をもってほしいと思います。校章の中にある三角は、君たち一人一人を表しています。その一人一人にかけがえない価値があるのです。それを磨き光り輝かせるための理念が“Think&#038;Share”です。だから、校門に立ったとき、正面の校章と教育理念を見据えて礼をするということは、君たち自身が自らの内にもつかけがえのない価値に対して礼をするということでもあります。</p>

<p>　以上が、「校門での礼」の意味です。したがって、何気なく頭を下げるのではなく、心を調えて礼をしなければなりません。足を止めずに歩きながら、ポケットに手をつっこみながら、友だちとおしゃべりをしながらでは、心の調った礼をすることはできません。では、礼をするその心を調えるにはどうしたらよいか。心は目に見えません。だからまず、礼の「形」を調えるのです。そこから、心を調えていくのです。<br>
　一で、校門の白線のところで足をとめて、正面の校章と教育理念を見る。<br>
　二で、頭を下げる。会釈ではないので、首ではなく、腰でお辞儀をする。45°以上を意識してください。<br>
　三で、頭を下げている自分を見る。頭を下げれば、自分の身体の脚下が見えますが、同時に心の脚下を見つめて、「自分には『かけがえのない価値』があるんだ、だから伝統あるこの道場で、今日一日精いっぱい過ごすんだ」という心構えを磨き直す。<br>
　四で、ゆっくり頭を上げて、もう一度、正面の校章と教育理念を見る。<br>
　五で、歩き出す。</p>

<p>　帰るときには、振り返って同じように一礼をして、「ありがとうございました」という気持ちとともに「今日一日精いっぱい過ごしたか」と振り返る。</p>

<p>　君たちは、誰も見ていなくても校門で礼をしています。素晴らしい習慣だと誇らしく思っています。さらに礼の「形」に磨きをかけ、その「心」を究めていってほしいと思います。</p>

<p class="has-text-align-right">（１学期「始業式」式辞より）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>令和8年3月</title>
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		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 00:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[「学は以(もっ)て已(や)むべからず。青は之を藍より取りて、而(しか)も藍より青し」という言葉があります。 木綿を青く染める藍染めという染色がありますが、そのためには、材料となる藍の葉を、大変な手間をかけて発酵、熟成させ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「学は以(もっ)て已(や)むべからず。青は之を藍より取りて、而(しか)も藍より青し」という言葉があります。<br />
木綿を青く染める藍染めという染色がありますが、そのためには、材料となる藍の葉を、大変な手間をかけて発酵、熟成させなければなりません。採取した藍の葉を乾燥させ、蔵の中で寝かせた後、水に湿らせながら撹拌する。すると発酵が始まる。それを数日ごとに混ぜ返し、寒ければむしろをかけ、約3ヶ月休みなく丁寧に世話をする……。それが古くから伝わる技法であり、こうして地道に手間暇をかけて発酵、熟成させるからこそ、元の藍よりも鮮やかな青が生まれるのだそうです。</p>
<p>人の学びも同じです。目の前の享楽にうつつを抜かすのではなく、このくらいいかと楽な方へ流されるのではなく、自らを律して、地道に手間暇をかけて、「明日をみつめて、今をひたすらに」精進努力を重ねていく。そこから、より鮮やかな明日が実現していきます。<br />
「今、ここ」は二度とはありません。その「今、ここ」を如何に過ごすか。他者の脚下に向きがちな目を、自らの脚下に向けて、二度とはない「今、ここ」を大切に丁寧に過ごしてほしいと思います。</p>
<p>さて、今日は、君たちに報告しておきたいことが3つあります。<br />
1つ目は、新校舎「白雲館」のことです。予定通り先月末で建設工事が終わり、今月はICTラボの内装工事、備品の搬入等が進んでいます。4月1日には竣工式を行いますが、これには昨年度から来年度までの3人の生徒会長にも参列してもらう予定です。学園のSTEAM教育センターとも言うべき「白雲館」で、君たちが創造性を発揮することで、それを自らの中に大きく育ててほしいと願っています。</p>
<p>2つ目は、昨日、昭和女子大学附属昭和中学校高等学校さんと世田谷学園との間で教育連携協定を結んだということです。昭和女子さんは女子校、本校は男子校、その2校の間に教育的な交流があるということは、お互いに大きなメリットがあります。これまでも英語部が昭和女子さんと模擬国連を行うなどの交流がありましたが、協定を結ぶことで、両校の教育の可能性をさらに広げていきたいと考えています。</p>
<p>3つ目は、発心館と観性館のことです。君たちのホームルーム教室が入っている校舎はL字型になっていて、現在、その東西に延びる部分を「発心館」、校章と“Think&amp;Share”を掲げてあるブリッジでつながれた南北に延びる部分を「観性館」と呼んでいます。これを来年度からは、ブリッジよりも南側のL字部分はすべて「発心館」、ブリッジを含めて禅堂や図書館が入っている建物を「観性館」と呼ぶことにします。もし、「発心館」を東西に延びる部分と南北に延びる部分とで区別をする必要がある場合は、それぞれ「発心館（南棟）」「発心館（東棟）」という言い方をしたいと思います。<br />
理由は2つあります。<br />
1つは、建物と建物がブリッジでつながれていれば、それらは別々の棟と受け止められるのが一般的ではないかということです。<br />
もう1つは、「発心館」、「観性館」という名称が誕生したときと現在とでは、状況が違っているということです。<br />
現在のL字型の校舎になる前は、中学校舎と高校校舎が校地の南側と北側とに分かれていて、中学校舎に「道を求める心を発(おこ)す」という意味の「発心館」、高校校舎に「仏性を観る」という意味の「観性館」という名称がつけられました。しかし、現在の「発心館」には、高校生の教室も入っていて、元々の名称による区分けは生きていません。<br />
来年度は、ホームルーム教室と選択教室の配置も少し変更するので、ブリッジよりも南側をすべて「発心館」とすることで、1年生から6年生まですべてのホームルーム教室が「発心館」に入ることになります。中学生だけでなく、何年生であっても「発心」──道心を発すことは大切なことです。流されることのない地道な精進努力は、「発心」から生まれます。<br />
一方、「観性館」には禅堂や図書館があります。これまでコンピューター教室があったところには自習室ができます。「観性館」で自分自身を追究して、その名の通り、自らの「仏性」を観てほしいと思っています。</p>
<p class="has-text-align-right">（「修了式」式辞より）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>令和8年2月</title>
		<link>https://www.setagayagakuen.ac.jp/news/head-teacher/%e4%bb%a4%e5%92%8c8%e5%b9%b42%e6%9c%88/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 31 Jan 2026 00:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　ただ今、大本山永平寺をお開きになった高祖承陽大師、すなわち道元禅師のお誕生を記念する高祖降誕会の法要を営みました。 　道元禅師は、源頼朝が亡くなった翌年にあたる正治2年、1200年、陰暦の1月2日、陽暦に換算して1月2 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　ただ今、大本山永平寺をお開きになった高祖承陽大師、すなわち道元禅師のお誕生を記念する高祖降誕会の法要を営みました。</p>

<p>　道元禅師は、源頼朝が亡くなった翌年にあたる正治2年、1200年、陰暦の1月2日、陽暦に換算して1月26日に、京都で公家の子としてお生まれになりました。ところが、8歳の頃にお母様を亡くされてしまいます。<br>
　無常を感じるようになった道元禅師は、13歳のときにお母様の願いでもあった出家を決意し、比叡山に入ります。14歳のときには得度を受け、本格的な仏道修行を始めますが、ここで一つの疑問にぶつかります。それは「顕密の二教、ともに談ず。『本来本法性、天然自性身(ほんらいほんぼっしょう、てんねんじしょうしん)』と。若(も)しかくの如くならば、即ち三世の諸仏、甚(なん)に依ってか更に発心して菩提を求むるや」、つまり「仏教では、人間は生まれながらにしてすでに法性＝仏性という『かけがえのない価値』を持っているという。それならばなぜ三世の仏様方はあらためて発心して修行をし、悟りを求める必要があったのか」というものでした。「仏性」は仏の性質ということです。この疑問は、少年らしい素朴な疑問であると同時に、修行の根本にかかわる鋭い疑問でもありました。<br>
　ところが、どんなに書物を読んでも、人に尋ねても、納得のいく答を得ることができません。24歳のときには宋の時代の中国に渡り、そこでようやく天童山景徳寺の如浄禅師という、求めてやまなかった真のお師匠様との出逢いを果たします。如浄禅師のもとで修行に励まれた道元禅師は26歳で悟りを開き、28歳で帰国、45歳のときに越前国、現在の福井県に大仏寺、のちの永平寺を開いて、道心あるお弟子の育成に力を注がれました。</p>

<p>　では、「本来本法性、天然自性身」に対する疑問はどう解決したのか。道元禅師は、『正法眼蔵』の中でこう示してくださっています。<br>
　「この法は人々の分上に豊かにそなわれりといえども、未だ修(しゅ)せざるには現れず、証(しょう)せざるには得ることなし」<br>
　「修せざる」の「修」は「修行」の「修」、「証せざる」の「証」は「証(あかし)」という字で、「悟り」のことです。つまり「『本来本法性、天然自性身』、法性＝仏性というかけがえのない価値は、一人一人が間違いなく持ってはいる。しかし、それは修行努力しなければ現れてこないし、悟りを開かなければ光り輝かないのだ」ということです。仏性は誰もが必ず持っているということを、知識として知っているだけでは何にもならない。大切なことは、平常心のレベルを高くして、自らの内に持つ、仏性、かけがえのない価値をひたすらに磨いて、磨き続けて、それを光り輝かせるという実践です。</p>

<p>　世田谷学園には「明日をみつめて、今をひたすらに」というモットーがあります。これが、自らの内にもつ仏性を光り輝かせるための重要な指針となります。だから君たちは、このモットーを自らのモットーとして常に追究してください。<br>
　ただし、ここでもう一つ重要なことがあります。それは、どのような「明日」をみつめるのかという、その方向性です。<br>
　アブラハム・マズローという心理学者は欲求5段階説を唱えて、人は、食欲、睡眠欲といった生理的欲求が満たされると、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求と、より高いレベルの欲求を志向するものであり、最後に「自己実現欲求」に至るとしています。ただし、それが単なる独りよがりなもの、社会性や他者を無視したものであってよいはずがありません。だから、マズローも晩年、さらに高いレベルの「他己実現欲求」があると補足しています。「他己実現欲求」とは、他者の幸せの実現をサポートしたいということです。君たちは、自他を越え、この「他己実現」と「自己実現」を両立させてください。別々のものではなく、一つにしてください。</p>

<p>　世田谷学園には、「違いを認め合って、思いやりの心を」というもう一つのモットーがあります。君たちの「明日」は、君たちの成長とともに進化します。それが、独りよがりな「明日」ではなく、「違いを認め合って、思いやりの心を」もった「明日」への進化であってほしい。その「明日」をみつめ、自らの内にもつ仏性、かけがえのない価値をひたすらに磨いて、磨き続けて、自らが放つ光で社会を明るく照らす人となってください。</p>

<p class="has-text-align-right">（「高祖降誕会」より）</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>令和8年1月</title>
		<link>https://www.setagayagakuen.ac.jp/news/head-teacher/%e4%bb%a4%e5%92%8c8%e5%b9%b41%e6%9c%88/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 Jan 2026 03:20:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　令和8年、明けましておめでとうございます。 　「一年の計は元旦にあり」といいます。自ずと新鮮な気持ちになる正月は、目標をあらたにする絶好のチャンスです。こうありたいと願い、「明日」を思い描くこと、それはあらゆる達成の出 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　令和8年、明けましておめでとうございます。</p>

<p>　「一年の計は元旦にあり」といいます。自ずと新鮮な気持ちになる正月は、目標をあらたにする絶好のチャンスです。こうありたいと願い、「明日」を思い描くこと、それはあらゆる達成の出発点となります。ただし、漠然と願っているだけで行動が伴わなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。仮に何かしらの行動を起こすことができても、やらない理由を見つけて自分への言い訳にしているうちに、いつの間にか失速してしまうこともあります。<br>
　道元禅師は、「切に思うことは必ず遂(と)ぐるなり、強(こわ)き敵(かたき)、深き色、重き宝(たか)らなれども、切に思う心深ければ、必ず方便も出来(いでく)る様(よう)あるべし」と言われています。切実に願う心が深ければ、どんな困難があっても、必ずよい手段方法が見つかり、必ず実現することができるということです。ここで重要なのは「切に」、「切実に」ということです。漠然とではなく、切に願うからこそ、その心を深くするからこそ、実現に向けた方法を見つけ、具体的な行動を起こし、それを継続させることができます。その形を調えることで、切に願う心がさらに深くなるというプラスの相乗効果も生まれます。</p>

<p>　メジャーリーガーの大谷翔平選手が、高校1年生のときにマンダラチャートという目標達成シートを作成していたことはよく知られています。その中心に書かれていたのは「ドラフト1位、8球団指名」という具体的で明確な目標です。願いを切ななるものにするには、その願いが、単に成功したいというような漠然としたものではなく、具体的で明確なものであること、そしてそれを文字にして常に意識することが大切です。<br>
　願いが切実ならば、達成に向けた方法も見つかります。大谷選手は、そのための要素として「体づくり」「コントロール」「キレ」「スピード160km/h」「変化球」「人間性」「運」「メンタル」の8つを掲げ、さらにそれらを達成するために1つの要素につき8つ、合計64の「今、何をすべきか」という具体的行動を明確化しています。「人間性」のための具体的行動の中に「継続力」を書いていますが、「ドラフト1位、8球団指名」という目標を必ず達成するのだと切に願ったからこそ、64もの具体的な行動を起こし、継続して習慣化することができたのだろうと思います。</p>

<p>　ヒンズー教には、こういう言葉があるそうです。<br>
　「心が変われば態度が変わる。<br>
　態度が変われば行動が変わる。<br>
　行動が変われば習慣が変わる。<br>
　習慣が変われば人格が変わる。<br>
　人格が変われば運命が変わる。<br>
　運命が変われば人生が変わる。」<br>
心に切なる願いを発(おこ)せば、態度、行動、習慣……、そして人生までもが変わっていきます。宗教は違えど、成道会のときに話した「縁起の理法」にも適う一つの真理を表していると思います。</p>

<p>　今年は「午(うま)年」です。十二支はもともと植物の成長過程を表したものですが、覚えやすいように、そのそれぞれに動物が当てはめられています。「午年」の「午」は「午前」「午後」の「午(ご)」という字を書きますが、これに当てはめられている動物は音が同じ「馬」です。動物の「馬」は「馬力」という言葉があるように、「力強さ」や「俊敏さ」、「行動力」の象徴とされています。一人一人が切なる願いを発し、その実現を信じて、俊敏に力強く行動してほしいと思います。</p>

<p class="has-text-align-right">（3学期「始業式」式辞より）</p>

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>令和7年12月</title>
		<link>https://www.setagayagakuen.ac.jp/news/head-teacher/%e4%bb%a4%e5%92%8c7%e5%b9%b412%e6%9c%88/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Dec 2025 06:00:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　ただ今、お釈迦様が悟りを開かれたことを記念する成道会の法要を営みました。法要に先立って、この修道館を道場とした臘八摂心も無事終了しました。大衆（だいしゅ）の威神力（いじんりき）という言葉がありますが、参加してくれた多く [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　ただ今、お釈迦様が悟りを開かれたことを記念する成道会の法要を営みました。法要に先立って、この修道館を道場とした臘八摂心も無事終了しました。大衆（だいしゅ）の威神力（いじんりき）という言葉がありますが、参加してくれた多くの生徒諸君のお陰で自分も坐り切ることができたことを、ありがたく思っています。</p>

<p>　さて、お釈迦様は、今から約2500年前、ヒマラヤ山脈の南、現在のネパールとインドとの国境付近に、カピラ国という小さな国を建てていた、釈迦族の王子としてお生まれになりました。シッダルタと名付けられて大切に育てられますが、成長するにつれ、自らもやがて老い、病み、そして死にゆくという、避けることのできない運命に思い悩むようになります。<br>
　この苦悩を抱えたまま、今の生活を続けることはできない、その思いを募らせたお釈迦様は、29歳のある晩、夜陰にまぎれて宮殿を脱け出します。家族、経済的に恵まれた生活、その一切を棄てての出家でした。</p>

<p>　当時のインドにおける出家者の修行法には、坐禅瞑想により精神を統一する禅定と肉体を苦しめる苦行とがありました。<br>
　お釈迦様はまず、有名な仙人のもとを訪ね、禅定を学びます。ほどなくして仙人と同じレベルに達しますが、禅定中は安らかな境地になることができても、禅定を離れるともとに戻ってしまいます。別の仙人のもとでも、それは同じでした。<br>
　そこで、次に苦行に身を投じます。苦行とは、肉体は悪しきものの宿るところであって、したがって、肉体の力を弱めることで精神によりよき活動力が与えられる、というものです。お釈迦様の苦行は、誰も経験したことのないほど徹底したもので、6年間にも及びました。最後は、死に至るほどの断食まで試みますが、肉体の力が弱まっても、頭は朦朧とするだけで、心の平安が得られることはありませんでした。<br>
　苦行をやめる決心をしたお釈迦様は、河の流れに身を清め、村の娘スジャータから乳粥の供養を受けると、一本の菩提樹の下で結跏趺坐（けっかふざ）の坐禅に入ります。そして8日目、明けの明星が輝くのを見て、ついに成道、悟りを開かれました。それが臘月（ろうげつ）、すなわち12月の8日とされています。</p>

<p>　では、お釈迦様は何を悟ったのか。一言で言うならば、それは「縁起の理法」です。<br>
　『平家物語』の冒頭に、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」という一節がありますが、ここに出てくる「諸行無常」とは、縁起の理法の根幹をなすものの一つです。世の中に常住不変のものはありません。物でも、心でも、現象でも、それらはすべて、原因と様々な条件、すなわち縁によって、生じたり、滅したり、変化したりします。諸行は無常なのです。<br>
　ただ残念なことに、『平家物語』の一節の印象もあるからか、諸行無常というと、物事がよい方から悪い方へ、順境から逆境へ変化するという、悲観的な意味合いで多く使われます。しかし、本来の意味を考えれば、例えば、病気が治って健康になる、低迷していた成績が向上する、というように逆境から順境へ変化することもまた諸行無常です。</p>

<p>　お釈迦様は、この無常を正しく観察せよ、と説かれています。<br>
　長い人生の中には、うまくいかないことばかりが続くときがあります。しかし、諸行は無常です。変わらないことなど何一つありません。だから、そんなときはイライラしたり、クヨクヨしたりするマイナスの感情に必要以上に執着せず、状況が変化しチャンスが到来するまでの充電期間だと思って、ひたすらに力を蓄えることです。善因善果、善い原因をつくれば、善い結果につながっていきます。<br>
　反対に、やることなすことが順調に運んで、高笑いしたくなるときもあります。しかし、順調なときの自惚れや驕りが、悪因悪果、のちの大きな失敗の原因になることも少なくありません。順調であればあるほど、脚下照顧、自らの足もとをしっかり見つめながら、歩みを進めていくことが肝要です。</p>

<p>　無常を正しく観察するならば、いたずらに今置かれている状況に執着して、むやみに悲観したり、慢心したりする必要がなくなります。逆境にあるときには力を蓄え、順境にあるときには足もとをおろそかにしない。そうした現状をしなやかに受け止めて対処する心を育てることです。だからこそ、いつどんなときも、「明日」を見失うことなく、移りゆく真っ只中の「今、ここ」をただひたすらに精進することができるようになります。</p>

<p class="has-text-align-right">（「成道会」式辞より）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>令和7年11月</title>
		<link>https://www.setagayagakuen.ac.jp/news/head-teacher/%e4%bb%a4%e5%92%8c7%e5%b9%b411%e6%9c%88/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 07 Nov 2025 04:07:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.setagayagakuen.ac.jp/?post_type=news&#038;p=13873</guid>

					<description><![CDATA[　君たち世田谷学園の生徒には、誇るべき呼称（呼び名）が2つあります。その一つは、学園の前身の名称に因んだ「旃檀林（せんだんりん）の獅子児（ししじ）」です。 　本学園は、明治35年、1902年に、駒込の吉祥寺にて「曹洞宗第 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　君たち世田谷学園の生徒には、誇るべき呼称（呼び名）が2つあります。その一つは、学園の前身の名称に因んだ「旃檀林（せんだんりん）の獅子児（ししじ）」です。<br>
　本学園は、明治35年、1902年に、駒込の吉祥寺にて「曹洞宗第一中学林」として開林したことをもって創立としています。しかし、その前身の誕生はさらに310年、豊臣秀吉の時代までさかのぼります。文禄元年、1592年、当時は江戸神田台にあった吉祥寺の山内に、若い僧侶が学ぶ「吉祥寺会下学寮（きちじょうじえかがくりょう）」が誕生しました。それが本学園の前身であり、いつしか「旃檀林」と言うようになりました。その由来は、江戸時代前期にこの学寮を訪れた陳道栄という中国の僧が、ここに学ぶ僧侶たちの道を求める真剣な姿に感歎して、「旃檀林」と大書したものを扁額として山門に掲げたことにあると伝えられています。中国･唐の時代に永嘉玄覚（ようかげんかく）大師という方の書かれた、「証道歌」という悟りの境地を表した書物があります。「旃檀林」とは、その中にある「旃檀林に雑樹（ざつじゅ）なし、鬱密深沈（うつみつしんちん）として獅子のみ住（じゅう）す」という一節からとったものです。「旃檀」とはインド原産の香木のことで、「旃檀林」という学寮の名称には、「この学舎は純粋で清潔な香り高い学舎であり、ここに学ぶ者は、獅子の如く第一級の優れた人物ばかりである」という誇りと気概とが込められています。<br>
　主に16～23歳の若い僧侶が学んだ旃檀林は、明治に入ると、年長者が学ぶ曹洞宗専門学本校と年少者が学ぶ曹洞宗専門学支校とに分かれることになります。前者は現在の駒澤大学、そして後者が、曹洞宗第一中学林、駒込からこの三宿への移転や校名変更等を経て、この「世田谷学園中学校・世田谷学園高等学校」へとつながっています。</p>

<p>　君たちは、この「旃檀林」の流れを汲む「獅子児」です。ならば、その誇りと気概とを我が心としなくてはなりません。獅子児は獅子児にふさわしく、頭を上げ、胸を張り、大地を踏みしめて堂々と闊歩するのです。</p>

<p>　もう一つの誇るべき呼称は、「世田谷健児（せたがやけんじ）」です。「世田谷健児」の何たるかは、この後歌う校歌に明らかにされています。<br>
　発心館1階の「獅子児の栄光」に写真が展示されていますが、昭和10年、1935年の11月、今の禅堂のあたりから校庭にかけて当時としてはモダンな2階建ての新校舎が完成しました。校歌は、これを記念して制定されました。作詞は当時学監であった中島栄松先生、作曲は音楽の岡田志津麿先生です。作詞に当たって、中島先生は北原白秋の校閲を受けたといいます。12月に発表となった校歌は、翌年の1月から、朝礼の際に歌われるようになり、それが現在まで続いています。</p>

<p>　その校歌の一番に、「修めよ学べ、我等が智と徳」という歌詞があります。これは4月の朝礼で話した「行学一如（ぎょうがくいちにょ）」を表しています。人間として自覚を求める生活、すなわち「行」によってこそ、学業が正しく習得（学）されるのであり、学業に専念（学）することが、そのまま人間としての理想の生活（行）につながります。そうすることで、「智」と「徳」を修め学ぶことができるのです。<br>
　仏教・禅の「人は一人一人がかけがえのない尊い存在であり、誰もがりっぱな人間になることのできる力をもっている」という人間観は、人間のもつ尊厳性と可能性を表しています。<br>
　「行学一如」を実践して「智」と「徳」を修め学ぶということは、君たち一人一人が、その尊厳性を明らかにしていくということです。そのためにも、自分という人間のあるべき形を調えていく。「挨拶の励行」、「正しい服装」、「10分前登校」、「清掃整頓」という学園が君たちに求める4つの実践目標は、その基本となるものです。どれも当たり前のことです。平常心のレベルを高くして、当たり前のことは当たり前に実践してください。</p>

<p>　一方、二番にある「鍛へよ磨け、我等が身（み）と魂（たま）」とは、禅堂に掲げてある「身心学道（しんじんがくどう）」を表しています。単に頭だけをつかって観念的に学ぶのではなく、身と魂、つまりからだと心、身心をあげて生き生きと学ぶ。そうすることで、君たち一人一人の可能性が最大限に引き出されていきます。9月の獅子児祭には、多くの生徒諸君が身心をあげて生き生きと臨みました。だからこそ、ご来場いただいた方々に、喜んでいただける、そして君たちの可能性を感じていただける、そんな企画がいくつもある、素晴らしい獅子児祭になったのだと思います。</p>

<p>　「旃檀林の獅子児」としての誇りと気概とをわが心とし、「世田谷健児」として智と徳を修め学び、身と魂を鍛え磨いて、君たち一人一人がそれぞれにもつ尊厳性と可能性を明らかにしていく。そして、これからの時代の地球社会に貢献する人となる。それが、世田谷学園に学ぶ生徒のあるべき姿です。<br>
　この後の校歌を、頭を上げ、胸を張り、声高らかに歌ってください。</p>

<p class="has-text-align-right">（「創立記念式典」式辞より）</p>

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		<title>令和7年10月</title>
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		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Oct 2025 00:39:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　ただ今、瑩山禅師のお誕生を記念する太祖降誕会の法要を執り行いました。 　瑩山禅師は、永平寺と並ぶ曹洞宗のもう一つの大本山、總持寺をお開きになり、優秀なお弟子を育てられて、現在の曹洞宗の基礎を築かれた方です。明治になって [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　ただ今、瑩山禅師のお誕生を記念する太祖降誕会の法要を執り行いました。</p>

<p>　瑩山禅師は、永平寺と並ぶ曹洞宗のもう一つの大本山、總持寺をお開きになり、優秀なお弟子を育てられて、現在の曹洞宗の基礎を築かれた方です。明治になって、天皇から常済大師という諡号を贈られて、曹洞宗では太祖常済大師ともお呼びしています。</p>

<p>　お生まれは越前国、現在の福井県です。文永元年、1264年、陰暦の10月8日、陽暦に換算して11月21日のことでした。<br>
　お母様が熱心な観音様の信者であったこともあり、8歳になると自ら出家の志をご両親に申し出て、永平寺に上ります。13歳で道元禅師の後を継がれていた2代目孤雲懐弉禅師に就いて得度をし正式に僧侶となりましたが、すでにご高齢であった懐弉禅師はその数ヶ月後にお亡くなりになります。その後は3代目の徹通義介禅師に師事し、義介禅師が加賀の大乗寺にご開山として迎えられると、ともに大乗寺に移って仏道修行に励まれました。</p>

<p>　30歳を過ぎた頃のこと、義介禅師が大勢の修行僧を前に「平常心是道（びょうじょうしんこれどう）」という言葉を示されたことがあります。このとき、瑩山禅師はハッと閃くものを感じ、思わず「我れ会（え）せり、我れ会せり」（わかった、わかった）と叫びました。義介禅師が「汝、作麼生（そもさん）か会す」（どうわかったのか）と尋ねると、瑩山禅師は「黒漆（こくしつ）の崑崙（こんろん）、夜裡（やり）に奔（わし）る」（黒い漆を塗った崑崙産の玉が真っ暗闇の夜を走るようなものだ）と答えます。義介禅師はすかさず「未だ穏やかならざるところあり、更に一句を道（い）へ、看（み）ん」（まだ十分でないところがある、別の言葉に言い直してみよ）とたたみかけました。このとき瑩山禅師が答えて言われたのが、「茶に逢うては茶を喫し、飯に逢うては飯を喫す」という有名な言葉です。お茶を飲むときには雑念を交えずお茶を飲むことになりきる、ご飯を食べるときはご飯を食べることになりきる、それが「平常心是道」の世界だということです。これを聞いた義介禅師は「汝、超師の機あり、よろしく永平の宗旨を興すべし」（君は師匠の私を越えるりっぱな器量をもっている。私の法を嗣いで道元禅師の仏法を天下に弘めてほしい）と、大いに喜ばれたといいます。</p>

<p>　ところで、「平常心」は「へいじょうしん」と読まれることが多く、「普段の当たり前の心」と理解されています。例えば、大事な試験、試合や発表会のような特別な場面であっても平常心（へいじょうしん）で臨め、というように使われますが、その平常の心が怠惰なものであれば、特別な場面の特別な雰囲気にのまれて上がってしまったり、懸命になりきれなかったりします。しかし、何事に対しても「ふだんに張りつめた隙間のない心」、「100％の完璧を求める心」を当たり前にしているならば、特別な場面に臨んでも上がることはなく、持てる力を遺憾なく発揮することができます。それが「平常心是道」、「道」のレベルの「平常心（びょうじょうしん」です。</p>

<p>　以前、二度に渡ってサッカーの日本代表監督を務められた岡田武史さんが、学園で講演をしてくださったことがあります。その中に、こういう話がありました。<br>
　岡田さんが横浜マリノスの監督に就任されたばかりのときのことです。コーチがグラウンドの四隅にコーンを立てて、その周りをランニングするように選手たちに指示を出しました。ところが、3分の2の選手がコーンの少し内側を走っていたそうです。岡田さんは「おい、コーチはコーンの外を回れと言わなかったか」と声をかけましたが、選手たちは「コーンの外も内もたいして変わりませんよ」と意に介そうとしません。岡田さんは「たいして変わらないんだったら外を回れ」と一喝したそうです。<br>
　選手たちは、練習の中で100％を求めていなかった。「このくらいいいや」という身勝手な甘えがあった。しかし、100％と98％は違うと岡田さんは言います。その2％の差が試合でも出てしまう。懸命に走らなければいけない場面で、無意識にほんの少し手を抜いてしまう。それが負けにつながってしまうこともある。僅差をおろそかにする者は僅差に泣きます。そればかりか、僅差が積もり積もれば大差になります。</p>

<p>　だから、普段の小さなことから、「不断に張りつめた隙間のない心」、「100％の完璧を求める心」で臨む。たとえ雑用と思うようなことであっても、おろそかにせず、そのことになりきる。そもそも雑用などというものはありません。用を雑にするから雑用になります。雑用をつくりだしているのは自分自身の心だということです。<br>
　私たちが確実にコントロールできるのは「今、ここ」だけです。その積み重ねで未来も創られます。自分を甘やかす身勝手な分別心をはさまず、「平常心是道」──二度とはない一つ一つの「今、ここ」に、平常心のレベルを高くして、ただひたすらになりきってほしいと思います。</p>
<p class="has-text-align-right">（「太祖降誕会」より）</p>

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		<title>令和7年9月</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Sep 2025 01:20:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　今日から2学期が始まります。6年生にとっては、それぞれの「明日」に向けて6年間の集大成をなす学期となります。一方、5年生以下の諸君には、日々の授業やクラブ活動とともに、感性を刺激する行事も待っています。直近では「獅子児 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　今日から2学期が始まります。6年生にとっては、それぞれの「明日」に向けて6年間の集大成をなす学期となります。一方、5年生以下の諸君には、日々の授業やクラブ活動とともに、感性を刺激する行事も待っています。直近では「獅子児祭」があります。<br>　今年度の獅子児祭の開催は今月の14日と15日ということで、ここ数年で最もはやく、その分、夏期休暇前から、そして夏期休暇中も、準備を進めていた人たちの姿がありました。</p>



<p>　獅子児祭は、学園の教育理念である“Think&amp;Share”を、君たち自身が具現化する大切な舞台です。</p>



<p>　実行委員として、クラスとして、部活として、有志団体として……、君たちは獅子児祭を通じてそれぞれの “Think”を追究し、それを表現します。準備を進めていく中で、アクシデントがあったり、互いの意見がぶつかってしまったり……、数々の困難に直面することもあると思います。しかし、それは成長のチャンスです。困難を乗り越えるために、君たちは主体性や協働性を一層発揮するはずです。主体性や協働性は、教えてもらって育つというより、自ら発揮することで育っていくものです。主体性の発揮は「明日をみつめて、今をひたすらに」、協働性の発揮は「違いを認め合って、思いやりの心を」の実践です。したがってその過程には、この学園の2つのモットーを、頭で理解するだけでなく、身体と心に染み込ませていくという、大切な価値があるのです。</p>



<p>　また、開催当日は多くのお客様が来場してくださいます。その方々が、君たちの“Think”を“Share”してくださいます。誰にも来ていただけないとしたら、それほど寂しいことはありません。多くの方々が来場してくださることで、君たちの充実感や達成感もより大きなものにするこができます。<br>　そのことに思いを致し、湧き上がってくる感謝の思いを大切にしてください。そこから、困難があってもそれを乗り越えて“Think”を追究しようという勇気、来場してくださった方々に親切に丁寧に対応しようという慈悲の心、思いやりの心が生まれます。獅子児祭は、その名が示すとおり、獅子児である君たち自身が主人公です。お客様に「来てよかった」「楽しかった」と思っていただける獅子児祭を創り上げることは、主人公である君たちの責任でもあります。</p>



<p>　「随処（ずいしよ）に主（しゅ）と作（な）れば、立処（りっしょ）皆（みな）真（しん）なり」という言葉があります。自分の置かれた場所で、主人公として隙のないように精いっぱい自らの役割を果たすなら、いつどこにあっても「真実のいのち」にめぐりあえる、という意味です。随所に主となって主体性、協働性を発揮する。そこに大きな可能性が広がっていきます。<br>　1学期に開催した学校説明会では、毎回、昨年度の獅子児祭の様子を動画でご紹介していました。その中で昨年度の実行委員長を務めた山本君がこう言っていました。「本当に最高でした。1年間準備してきたものが全部具現化して、準備しているときイメージの世界でやっていたものがしっかり形になって、それをお客さんが楽しんでくれたっていうのが、すごい嬉しかったです」。そう語る彼の表情には、随処に主となることに徹したからこその清々しさが満ち溢れていました。</p>



<p>　開催まであと2週間を切りました。これから準備も大詰めに入っていきます。一人一人が随処に主となって、素敵な獅子児祭を創り上げてください。</p>



<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（２学期「始業式」式辞より）</p>
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		<title>令和7年7月</title>
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		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Jul 2025 03:14:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[私たちの「いのち」は、縦、横につながる数え切れないほどのご縁のお蔭で、「今、ここ」にあります。それは決して当たり前のことではなく、奇跡的なことです。精霊祭は、「今、ここ」にある、この「いのち」の不思議に思いを致し、自らの [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私たちの「いのち」は、縦、横につながる数え切れないほどのご縁のお蔭で、「今、ここ」にあります。それは決して当たり前のことではなく、奇跡的なことです。精霊祭は、「今、ここ」にある、この「いのち」の不思議に思いを致し、自らの生き方を見つめ直す機会を与えてくれる法要でもあります。</p>
<p>一人の男子高校生とのご縁で、心を救われた女性がいます。<br />
ある年の8月、女性のご主人がくも膜下出血で倒れました。意識は戻らず、医師からは「年内はもたない」と告げられて、女性は絶望の淵をさまようような思いでいました。病室でご主人と長い無言の時間を過ごす女性にとって、せめてもの気分転換は、時折、病棟の一角にある談話室に行くことでした。その窓際にはいつも、受験勉強に励む青年がいて、その前向きな姿から力をもらって、病室に戻るのが女性の日課でした。<br />
医師の言葉に反して、ご主人は何とか年を越すことができました。元日に訪れた静かな談話室で、女性は初めて青年と言葉を交わします。青年は高校2年生であり、入退院が多いためにすでに受験勉強を始めているのだと教えてくれました。女性も、ご主人のお見舞いに来ていること、その病状のことを話しました。ところが、女性が「年を越せるとは思ってなかったの」と溜息交じりに呟いたとき、青年は急に表情を曇らせ、厳しい口調でこう言ったそうです。「本人が必死で生きようとしているのに、家族があきらめてどうするの」と。<br />
意表を突かれて動揺を隠せないでいる女性に、青年はあわてて謝罪の言葉を述べると、自分は医者から余命半年と言われている、しかし、「医者になる」という夢を病気なんかのためにあきらめたくない、だからいのち尽きるまで努力し続けるのだと、力強く語ったそうです。<br />
努力が報われるかどうかではなく、未来を見つめ、熱心に何かに取り組むことができるかどうか、それが人生の質を決めるのだと、女性は青年の生きる姿勢から教えられたといいます。そして、たとえ望む結果が得られなくても、今、自分にできる最善のことをしよう、ご主人の人生の最終章を笑顔で飾ろうと決心したそうです。<br />
しかし、青年に救われたのは、この女性だけではありませんでした。彼の不撓不屈の精神に触発されて、多くの患者さんが前向きに治療に取り組むようになっていました。<br />
女性はこのときのことを振り返り、「希望」という最良の薬を患者さんたちに処方した青年は、すでに立派な医師であった、そして女性自身にとっても心の主治医として、永遠に生き続けるであろうと語っています。<br />
人が亡くなったあとに残るものは、集めたものではなく、与えたものです。青年は、意図せずとも、女性や患者さんたちに「勇気」や「希望」を与えました。精いっぱいの努力をして生きようとする姿勢には、それほどの力があるのだということです。</p>
<p>「今、ここ」にこの「いのち」がある。その事実を大切にして、「明日をみつめて、今をひたすらに」生きる。そのこと自体に大きな価値があります。それを「精進」と言います。</p>
<p>先ほどお唱えした『修証義（しゅしょうぎ）』の冒頭に、「生（しょう）を明（あき）らめ死（し）を明らむるは仏家一大事（ぶっけいちだいじ）の因縁（いんねん）なり」とあります。「明らめる」とは、「断念する」ということではなく、「明らかにする」ということです。では、いかにして生死（しょうじ）を明らかにするのか。青年の生き方がそれを教えてくれています。やらない理由を探すのではなく、自らを律して、「今、ここ」、「今、ここ」「今、ここ」と、誠心誠意の精進を重ねていく。不思議の「いのち」を授かっている二度とはないこの人生を、一人ひとりが明らかにしてほしいと思います。</p>
<p class="has-text-align-right">（「精霊祭」より）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>令和7年6月</title>
		<link>https://www.setagayagakuen.ac.jp/news/head-teacher/%e4%bb%a4%e5%92%8c7%e5%b9%b46%e6%9c%88/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[setagaya_client]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 Jun 2025 01:28:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[校長のおはなし]]></category>
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					<description><![CDATA[　先月の朝礼で、『アンパンマン』の原作者であるやなせたかしさんの言葉を紹介しながら「六波羅蜜（ろくはらみつ）」の二つ目にある「持戒（じかい）」について話をしました。　そのやなせさんは、1941年、21歳のときに召集令状に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>　先月の朝礼で、『アンパンマン』の原作者であるやなせたかしさんの言葉を紹介しながら「六波羅蜜（ろくはらみつ）」の二つ目にある「持戒（じかい）」について話をしました。<br />　そのやなせさんは、1941年、21歳のときに召集令状によって軍隊に入り、厳しい訓練の後、中国に派兵されています。日本の戦争は聖戦であり、正義のための戦いなのだと教えられ、そう信じていたので、命を落とすのは嫌だけど、正義のためなら仕方がないと思っていたそうです。<br />　ところが、戦争が終わると正義は逆転します。日本は悪となり、正義の戦争をしたのはアメリカやイギリス、中国だということになりました。「ある日を境にひっくり返ってしまう正義なんて、そんなものが本当の正義と言えるのか」、「どの国も、自分たちこそが正しいと思って戦争をする。だが、戦争は結局、殺し合いだ。それぞれがいろいろな理由をつけて戦うが、正義の戦争などというものはない」、やなせさんはその思いを強くします。<br />　では、この世にひっくり返ることのない「本当の正義」と言えるものはあるのか。考え続けていたある日、道端で幼い兄弟が一つのおにぎりを分け合って食べている光景を目にしました。戦後の混乱の中、服は汚れていましたが、二人は幸せそうに笑っていました。そのとき、やなせさんは気がついたそうです。「本当の正義とは、おなかがすいている人に、食べ物を分けてあげることだ」と。戦争は人を殺すことですが、食べ物を分けることは人を生かすことです。これが、後に誕生する『アンパンマン』の原点となったということです。</p>
<p>　やなせさんの言う「本当の正義」とは、「六波羅蜜」の一つ目にある「布施（ふせ）」に通じています。布施とは、「見返りを求めず、思いやりの心で他のために自らの力を使う」ということです。<br />　「お布施を包む」という表現があって、「お布施」というとお金をイメージする人もいるかもしれません。しかし、布施はお金だけではありません。食べ物もそうです。「無財（むざい）の七施（しちせ）」といって、金品でなくても、心で表すことのできる布施もあります。「七施」というのは七つの布施ということですが、その中に「眼施（げんせ）」、「言辞施（ごんじせ）」があります。眼施はあたたかい眼差し、言辞施は思いやりのある言葉です。</p>
<p>　ある日曜の朝の電車に、赤ん坊を抱いたお母さんが乗っていました。車内は比較的すいていましたが、赤ん坊がぐずっていたので、お母さんはドアの近くに立っていました。君たちにも、赤ん坊の頃、そんなことがあったかもしれません。<br />　お母さんはあやし続けますが、赤ん坊は一向に泣き止みません。そのとき、初老の男性が「静かにせい」と怒鳴りました。お母さんはいたたまれない思いだったに違いありません。<br />　車内はピリピリとした雰囲気になりました。しかし、そんな中で、お母さんと赤ん坊を心配しながら見ていた年配の女性がいました。その女性は、電車を降りるとき、お母さんと目が合うと、「気にしないで。みんな味方だからね」と声をかけたそうです。<br />　女性は、臆病者の自分にできるのはそれくらいだった、しかし声をかけることができて自分も気が楽になったとふり返っていますが、そのときの女性のあたたかい眼差しと思いやりのある言葉を、そのお母さんはきっと心強く思ったはずです。</p>
<p>　布施──「見返りを求めず、思いやりの心で他のために自らの力を使う」ということは、人を生かすということであり、それによって自らの心も豊かになります。人を生かすことで、自らも生かされるのです。<br />　眼差しや言葉だけではありません。和やかな笑顔、困っている人の手伝いをすること、席を譲ることなど、心で表すことのできる布施は他にもあります。学校日誌に、朝、三宿小学校の前で、君たちが自ら立ち止まって小学生に先に道を渡らせていると、よく日直の先生が書いてくださっています。それもりっぱな布施です。そのとき君たちは、見返りや損得のことなど考えてはいないと思います。</p>
<p>　布施は心のあり方一つで、誰でも、どんなときでも実践できるものです。見返りを求めず、思いやりの心で人を生かす「本当の正義」を、実践によって追究してみてほしいと思います。</p>
<p class="has-text-align-right">（「朝礼」より）</p>
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