
校長のおはなし
平成21年12月
お釈迦様が6年間の苦行の後、尼連禅河に沐浴し、スジャータという娘から乳粥の供養を受けられ、ピッパラ樹(菩提樹)の下に草刈の少年から分けてもらった草を敷いて、「我いま証を得られぬならば、生きてこの座を立たず」と、おっしゃって、そこに座する事7昼夜、諸々の天魔の囁きを降伏して、第8日目の暁、明けの明星の煌きを一見されて成道されました。この時こそ、12月8日の暁であったと伝えられています。
お釈迦様は成道なされて後もなお、21日の間そのまま悟りの座にあり、ご自身の覚られた法を私達のために、どのような方法で説いたら良いか、と考えました。
一時説く事を止めようかと思われたと言われています。しかし、梵天の願いを聞き入れ、また衆生に対する慈悲心から、その法を説き弘める事を決断されました。
仏より仏に、祖師より祖師へと、あますところなく伝えられているのが、禅の伝統なのです。
達磨大師は、このお釈迦様より伝えられた法を中国に伝え、達磨大師もまた「面壁9年」と言われるように、壁に向かって坐禅をされました。今、私たちもまたひたすら坐禅をしています。
12月1日より8日まで、本学園では、自由参加による臘八摂心がおこなわれ、大勢の生徒諸君、先生、卒業生、近隣の方々が自主的に参加しています。
孔子は「憤せざれば、啓せず」と申しました。発心する事、やる気を起こす事、これが学道において、最も大切な事です。中学校の校舎を「発心館」といいますが、その思いが込められたネーミングなのです。
仏教の教えを易しく説いた「七仏通誡偈」という漢詩が生徒手帳に載っています。
諸悪莫作 衆善奉行
自浄其意 是諸仏教
諸の悪を作ることなかれ、諸の善を行いなさい、
そして、その時その心を浄くしなさい、これが諸仏の教えです。
「悪い事をするな、良い行いをしなさい。」
「三歳の童子知ると言えども、八十の老翁も行い難し」
言うは易く、行い難しであります。
善をなすにしても、自浄其意(自ら其の意を清くする)と言うように、良いおこないをする時、その心を清く保つという事、これが肝心なのです。悪い事は断じてやらぬ、という強い気概を持ってもらいたい。生活が乱れていると心が乱れる、心が乱れていると善悪の判断が甘くなる。生活習慣をしっかり身につけて欲しいと思います。
同じ良いおこないでも、人が見ているから、誉められるからおこなう、やらないと叱られるから、下心があったり、利害損得を考えてやる、これでは折角の良いおこないも汚れてしまいます。交換条件のおこないは、善行とは言えません。「利行は一方なり」というように、ただひたすら、良いと思った事を実行する、損得抜きでおこなう事です。
母親が子供を育てる時、無条件で可愛がるように。この子が成長したら親孝行をしてくれるであろう事を期待して、育てている親はいないはずです。子供に対する愛情は無条件なのです。
良い行い(善行)とは、自浄其意、その心を浄くする事、人が見ていようが、見ていなかろうが、陰日向なく行う事、これが「主人公の行為」なのです。これがお釈迦様の教えなのです。
私たちが教えに従って実行する時、お釈迦様は時空を超えて、この世に現成します。
「如来の法身常にいまして、しかも滅せざるなり」と言われるように、生徒諸君一人一人が、みな元々、如来様だからです。
平成21年11月
人間の心は外に取り出したり、目で見ること、取り出して見ることはできません。しかし人は、一人ひとりが皆、その心を持っています。その心を持っているのに、自分一人だけであるかの様に誤解して、自己中心的な発想をし、他人の心を知ろうとしないのです。友達の心を無視して、友達を仲間外れにしたり、意地悪なイタズラを繰り返し、時には暴力を振るったり、その結果、尊い命を自ら断つ、痛ましい事件が新聞やTV等で報道されています。一番強い絆で結ばれているはずの親子ですら、お互いの心の内を知る事ができないことがあります。
他人が悩んだり、苦労しているのをみると、解った様な気になるのですが、本当は解っていない事が多いようです。
人は一人ひとりが違った心を持ち、色々な事を考えて生きています。本当の心の内ははかり難いものです。
他を思いやる心、少しでもその人の身になって知ろうとする、努力する姿勢が大事です。そして自分自身がまず、正しい心、正しく物事を見極めていく心がけが何より大切です。
道元禅師の言葉に、「心もと善悪なし、善悪は縁によって起こる」とあります。善悪とは人間の価値観の世界です。人を苦しめたり、人を喜ばせたりする行為の事です。その行動をさせるのが、心の動きなのです。そして心に波風が起こる以前の心の根源は、損得や欲望に染まる以前のものです。だから「心もとより善悪なし」なのです。心は『明鏡止水』と言われる所以なのです。
ところが、自分だけがという「我」と、外界の刺激とが関わり合うと利害得失、是非善悪、好きだ・嫌いだという形になってしまうのです。それが心なのです。人は人と断絶して、一人だけで生きていくことはできません。共に学び、共に苦しみ、共に喜び合って成長していくのが、人間なのです。
自分の将来のビジョン、『夢・志』を大切に育ててください。「人はその志の大きさに比例した人物になる」と言われます。
人生で多くの事を達成できない人に2つのタイプがあります。
①人から言われた事をやろうとしない人間(善意のわからぬ人)
②人から言われた事しか、やらない人間
このような人は、目的を達成することはできません。
私達は目標を設定することの大切さを何度も聞かされます。にも関わらず、目標を設定する習慣を持たない人が多いのは一体どういう訳でしょうか? 成功した人は、明確な目標を設定し、その実現に向けて粘り強く努力した人達です。
「他は是れ我に非ず」自分のやるべきことをシッカリとやる。志を高く情熱を持って努力し続ける事、成功に近道はありません。
道元禅師は、「他は是我にあらず、更に何れの時をか待たん」とおっしゃいました。人の言いなりになったり、自分のなすべきことを人任せにしたり、自分がやるべきことを両親や友人にしてもらっても、自分がやったことにはなりません。今やるべきことは、今やる。 今、何をすべきか、しっかり考えて実行してください。
マイナス思考からは何も生まれません。プラス思考を継続することが人間の文化・歴史を作っていきます。諦めず、チャレンジし続けて下さい。(朝礼の話から)
平成21年10月
上野動物園の元園長・中川志郎さんの話によると、「自然界の動物は常に、自然界で生き生きしている」という。例えば、アフリカ。シマウマがちょっと足の具合が悪くなると、その日のうちに跡形もなくなる。ライオンに食われ、ハイエナに食われ、ハゲワシに食われ、毛だって鳥が巣を作るために持ていく。生き生きしたヤツだけが老いるのです。
自然界のあらゆる動物の平均寿命は生物的DNAの寿命の5割の余力を残して死ぬのです。
しかし動物園は、医療や科学といった人間の都合で寿命いっぱいまで生かすそうです。先進国はもはや国中が動物園になっている、と語っています。
奇妙に思えるかもしれませんが、自分が人生で将来、本当に手に入れたいものをよく知っている人はごくわずかしかいない。ほとんどの人は、現状に満足していないのだが、具体的にどうすればいいのか分かっていません。「あなたが手に入れたいものは何ですか?」と尋ねると、あいまいな答えしか返ってこないのが実情で。人生の将来の本当の目的を決めていないために、道に迷い、失望しながら人生をさまよい歩くはめになるのです。
多くの人が人生で失敗するのは、能力や知識、勇気が足らないからではなく、明確な目的に向かってエネルギーを注がないからなのです。人生の目的を明確にすることによって方向性が生まれる。明確な目的を持てば、未来に対して情熱的になることが出来る。人生の目的を明確にする為には、次の3つの質問を自分にしてみて下さい。
1.自分は人生で具体的に何を手に入れたいのか?自分がワクワクすることは何か?朝早く起きて一生懸命に努力し、一日中、心から楽しめる対象は何か?
2.自分と周囲の人達の人生を豊かに、楽しくするためにできることは何か?世の中をより良い場所にするために、自分はどういうことができるのか?何ができるのか?
3.自分はどの方向に進んでいるのか?自分は本当に充実感をもたらす目的に向かって進んでいるのか?
いったん明確な目的を持つことができれば自信と情熱を持ってそれを懸命に追い求めよう。
明確な計画を立て、第一歩を踏み出して下さい。
21年9月
夏期行事・各クラブの合宿も大過なく無事終了。しかし、8月になって本学園でも新型インフルエンザに感染した人が数名でました。これから秋・冬場に向かって、国内で大流行することが予想されています。インフルエンザ予防にあたっては、マスクをする、ウガイと手洗いをこまめに行うこと、そしてできるだけ外出をしないよう、それぞれが注意してください。もし発熱した場合には、速やかに医師の指示に従い、担任の先生に必ず連絡をするようにしてください。
さて、一人の人間が持っている遺伝情報は、大百科辞典3200冊分にも匹敵するそうです。しかもそのすべての情報が一粒の米を60億に分けたぐらいの極めて小さいスペースの中に入っているといわれています。
ノーベル賞を貰った天才と普通の人との違いは、遺伝子レベルでみると、99.5%同じであるといいます。残りの眠っている0.5%の遺伝子をどうやって スイッチオンにするか、これが問題です。
遺伝子にスイッチを入れる要因は物事を常に明るく前向きに考え、笑顔を絶やさないことだといわれています。人は人に喜びを与えるとイキイキとしてくるのです。日本は今、これだけ豊かな国となりましたが、イキイキとしているようには見えません。それは、豊かさを自分たちの幸せだけに使っているからです。
スキナーという行動科学者が50人のグループをAとし、他の50人をBとして、共同生活をさせる実験をしました。Aグループには、自分たちの希望することをできるだけ満足させるような生活をさせ、一方、Bグループには何をやらせても都合よく進まないような仕組みにして生活をさせ、半年後に観察をした結果、Aグループの者は夜となく昼となく「うたた寝」をしていたそうです。一方、Bグループの者は困った状況をみんなで協議しながら、イキイキと暮らしていたということです。
野菜のインゲン豆は支柱に右巻きにツルを伸ばして成長します。そのツルを支柱に巻きつけないように真っ直ぐ伸びるように紐で縛って成長させたところ、その収穫量は通常の右巻きより1.5倍あったということです。そのツルを反対に左巻きにして育てたところ、2倍になったという実験報告があります。通常の右巻きを真っ直ぐ伸ばしたり、左巻きにするとストレス一歩手前の程良い緊張状態を生み出し、収穫量が多くなったようです。
現代社会では、あらゆる面で恵まれた便利な 世の中になりました。ところが豊かさの中に暮らしている私たちは、はたしてイキイキとしているでしょうか?最近では、忍耐とか辛抱とか、根気といった言葉は嫌われ、スピードと効率が何より優先され、すぐに結果の出ないことは敬遠されます。しかし21世紀でも、じっくり時間をかけねば、できないこともあります。良い物ができ上がるために熟成しなければならないのは、高級ワインだけではありません。プロジェクトが重要であればあるほど、完成までには時間がかります。
私たちが人間として、この世に生まれてきたこと自体が奇跡的なことであるし、また、それだけでも十分価値があり、そして人間の可能性は無限大です。ですからどんな人でも、いくつになっても、人間は成長し続けることができます。人はみな、素晴らしい可能性を持って生まれてきているのです。その「種」に光と水を与える事が重要です。
人はみな、未開発の才能の宝庫なのです。自分が思っているより、遥かに大きなことを成し遂げる可能性を秘めています。そのために全力を尽くしてください。それは自分のためだけでなく、社会全体のためになるからです。
「意志ある所、道は開ける」という格言がある通り、人は壁にぶつかった時、「どうせダメだ」とか、「無理に決まっている」「やるだけ無駄だ」といった、否定的な思い込みや、「条件が違う」という人がいます。しかし、マイナス思考からは何も生まれてきません。そういう人は、いい訳を並べるだけで、何もしない人たちです。壁にぶちあたった時、どうしたら乗り越えられるかを工夫し考えるプラス思考になってください。プラス思考を継続することが人間の文化、人類の歴史を作ってきたのです。そうでなければ、人類は地球から消滅していたでしょう。諦めず挑戦し続けるからこそ、物事はみな、成就していくのです。
9月に入って、休み気分を一掃し、更に気を引き締めて、一学期末をしっかり、締めくくって欲しいと思います。(朝礼の話から)
夏休みを前にして
仏教には、お盆という行事があります。夏の一時期、ご先祖様のみ魂を自宅にお迎えして、親戚・縁者が集まり、一時を過ごすという心暖まる行事です。
先日、学園にご縁のある物故者、亡くなられた方々のみ魂を学園にお迎えして、生徒諸君と共にご供養申し上げました。そして、たくさんのお花やお供え物を頂き、その品々は、世田谷区内・町田の施設に配られ、多くの方々から毎年、感謝されています。人に喜びを与え、人に感謝される生き方ほど、素晴らしいことはありません。この良き伝統を永く続けていきたいと思っています。
さて、時の流れを川に例えてみて下さい。私たちが生きている川の上流には誰が住んでいたのでしょうか?それは祖先という命です。そしてまた遥か下流という遠い未来に誕生する子孫という命を思う時、今この岸にある、自分という命は、悠久の命の流れの真只中にあることに気づきます。その命に人種とか地域とか、時代を超えた偉大なものを感じずにはいられません。ご先祖のみ魂にお参りする時、たくさんの無限の命が自分の中に凝縮していることに気づきます。お盆が「命の集い」と呼ばれる所以です。そして、傍らで賑やかに遊んでいる子供や孫にその命の流れを見ることができます。お盆は私たちが、今は亡きご先祖の命と共に今、自分がここに在るのだということを実感する一時なのです。
父と母で2人、父と母の両親で4人、そのまた両親で8人、こうして数えていくと、10代前で1024人、20代前では、なんと100万人を越すのです。過去無量の命のバトンを受け継いで、今ここに自分の番を生きている。それがあなたの命であり、私の命でもあります。命のバトンに終わりはありません。みんなが生まれたその日に受け継いだバトンを握りしめて、命ある限り、走り続けるのです。進む道はグラウンドのように平らな道ばかりではありません。山あり谷あり、苦しいこと辛いこと悲しいことがたくさんあります。途中でバトンを投げ出したい時もあります。でも、投げ出せません。バトンは命だからです。
9.11同時多発テロの後、アメリカで話題となり、チェーンメールとして世界中に広がり話題となった感動の詩があります。ノーマ・コネット・マレックさんの詩、タイトルは、「最後だとわかっていたなら」というものです。その一部を紹介します。
― 最後だとわかっていたなら ―
あなたがドアを出て行くのを見る 最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは 今日が最後になるかもしれないことを
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと 忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や 「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
子供や老人を、兄弟を親を、大切な人を失った方々は、もし最後だと分かっていたら、もっと素直に自分の思いを伝えていたことだと思います。生きていることを私たちは、当たり前と思っていてはいけません。人はたいてい、失って初めてものの価値に気づくのです。若さを失い、病に倒れて初めて、健康の素晴らしさを感じます。だから、今持っているものに感謝しよう、今の自分の境遇に感謝しょう。失ってからでは遅すぎます。命あるうちに、今の自分にできることに向かって一歩を踏み出しましょう。心豊かに、生き生きと、元気一杯に一日一日を大切に生活して欲しいと思います。
道元禅師の言葉に「得道は衆縁による」という言葉があります。道を得るということは、多くの人々のご縁によって成就するのです。みんなが一緒に力を合わせて努力する。助け合い、分かち合うところに幸せが生じます。
これから暑さが厳しくなります。それぞれが健康に留意して、夏休みを有効に過ごして欲しいと思います。(精霊祭でのお話から)
