平成31年3月

 先月23日に、修道館ホールを会場として、SETA学会と名付けられた有志の生徒諸君による学内研究発表会が開催されました。
発表してくれたのは、1年生から5年生までの計14名です。プログラミングに関するものから歴史に関するものまで、興味関心の方向性が実に多様で、ユニークなテーマの研究に自ら取り組んでいることに驚かされました。
同時に、一人ひとりが生き生きと発表をし、質問にもしっかりと答えていた、その姿を誇らしく思いました。後で入賞した諸君の表彰があります。

 ただ、そのときに、もう一つ誇らしく思ったことがありました。SETA学会が終わって、修道館ホールを出ようとしたときのことです。土曜日は、ホールの前に、スイミング・スクールに通っている皆さんの自転車が並んでいます。ところが、その日は風が強くて、何台かが倒れていました。その自転車を、私より先に出ていた一人の生徒が、一台一台起こしてくれていたのです。自分の自転車ではありません。それをしなくても彼が通れるスペースはありました。ほうっておくこともできたと思います。しかし、彼の心はそれを許さなかった。そこが大事なところです。

 

 3年生以上の諸君には、以前の朝礼で『小さい勇気をこそ』という詩の一部を紹介したことがあります。

 

 どんな苦難ものり切れる

 大きい勇気もほしいにはほしいが

 毎日 小出しにして使える

 小さい勇気でいいから

 それが わたしは

 たくさん ほしい

 

 浄土真宗の僧侶で教育者の東井義雄先生という方の詩です。

 

 自分の毎日を振り返ってみると、些細なことではあっても、自分を高めるために、人の役に立つために、本来当たり前にすべきこと、した方がよいことがいくつもあります。ところが、「ま、いいか」とか「面倒くさい」とか、その行動を妨げようとする悪魔のささやきが聞こえてくることもしばしばあります。

 大切な勉強や仕事があるのに、もう少しだけゲームをしていても、SNSをしていてもいいんじゃないか。そしていつの間にか少しが少しでなくなってしまう。目覚ましが鳴ったのにもう少し寝ていよう、紙くずが落ちていても面倒くさいから気がつかなかったふりをしてしまおう……。悪魔の登場回数は少なくありません。

 しかし、それがたいした悪魔でないことは容易に想像できると思います。たいした悪魔でないなら、小さい勇気で十分に太刀打ちできます。大学入試に挑戦した6年生の先輩達は、過去最高とも言える素晴らしい実績を上げてくれましたが、彼らもこの試練に日常的に立ち向かうために、小さい勇気をたくさん使ったはずです。これも以前に紹介しましたが、一昨日、現役引退を表明したイチロー選手に「小さいことを積み上げることが、とんでもないところへ行くただ一つの道だ」という言葉があります。イチロー選手も、小さいことを積み上げる、そのたびに小さい勇気を小出しにして使ったのではないかと思います。

 

 眼横鼻直(がんのうびちょく)──眼は横に、鼻は真っ直ぐ縦に当たり前について、当たり前にその役割を果たしてくれています。私たちの行学、行いと学びも同じです。当たり前のことを当たり前に実践することを大切にする。それを妨げようとするたいしたことのない悪魔のささやきなどには屈しない。小さい勇気をたくさん使って、それぞれがそれぞれの行学を向上させてほしいと思います。