平成30年11月

 ただ今、創立117周年を記念する祝祷法要を営みました。

 

 文禄元(1592)年、豊臣秀吉の時代に、当時は江戸神田台にあった曹洞宗吉祥寺の山内に、後に「旃檀林(せんだんりん)」と呼ばれるようになった学寮が誕生しました。それが本学園の前身です。「旃檀」とはインド原産の香木、香りの高い木のことです。吉祥寺は明暦の大火で焼失し、その後、幕府による江戸の再開発で駒込に移転しましたが、今も山門には「旃檀林」と書かれた額が掲げられています。

 明治に入ると、旃檀林は年長者が学ぶ曹洞宗専門学本校と年少者が学ぶ曹洞宗専門学支校とに分かれ、前者は現在の駒澤大学、後者が世田谷学園へとつながっていくことになります。学園では、専門学支校がさらにいくつかの変遷を経て、私立学校令に準拠した「曹洞宗第一中学林」となった明治35(1902)年をもって、創立の年としています。

 曹洞宗第一中学林は、大正2(1913)年、駒込の吉祥寺を離れてこの三宿の地に移転してきました。その移転開林式が行われたのが11月12日であり、大正13(1924)年、校名を「世田谷中学」と改称したときに、この日を創立記念日と定めています。

 そして昭和に入り、戦後の学制改革にともなって新制の「世田谷中学校高等学校」となった学園は、昭和58(1983)年、私学であることをより明確にするために「世田谷学園中学校高等学校」と改称して現在に至っています。

 

 さて、学園の前身である学寮の「旃檀林」という名称は、『証道歌』という、悟りの境地を表した書物の中にある「になし、として獅子のみす」という一節に由来しています。学園に学ぶ君たちのことを「旃檀林の獅子児」と呼ぶのはそのためです。それは「このは、旃檀の林のように純粋で清潔な香りの高い学舎であり、ここに学ぶ僕たちは、獅子の如く優れた人物ばかりなんだ」という自覚に立った呼び名です。

 

 校門を入るとすぐ右側に黒御影の石碑があります。そこには、4代前の校長を務められた杉邦雄先生の筆による「旃檀林に雑樹(ざつじゅ)なし、鬱密深沈(うつみつしんちん)として獅子のみ住(じゅう)す」という言葉が刻まれています。

 私は、杉先生が創立80周年の記念式典で、「旃檀林の獅子児」はかくあるべしと力強く示されたことを今でもよく覚えています。

 「諸君は旃檀林の流れを汲む獅子児である。この誇りと気概をわが心としなくてはならない。獅子児は獅子児にふさわしく、頭を上げ、胸を張り、大地を踏みしめて堂々と闊歩するのだ。忘れても下を見て歩くような人間になってはいけない。間違っても肩を落として歩くような人間になってはいけない。自分を大切に、人を大切に、自分には厳しく、人には温かく、一日一日を精いっぱい、みんなで力をあわせ、自信と誇りと気概とをもってたくましく前進するのだ。」

 

 「自分を大切に」ということは、もちろん、他の人を顧みずに自分中心主義を貫くことではありません。自らの内にもつ「かけがえのない価値」、「尊厳性」と「可能性」を大切にする、易きに流れようとする弱い心に打ち克ち、自分で自分を「厳しく」律して、「明日をみつめて、今をひたすらに」生きるということです。

 「人を大切に」ということは、自分と同じように、他の人もまたそれぞれにもつ「かけがえのない価値」を尊重する、「違いを認め合って、思いやりの心を」もち、人に「温かく」接するということです。

 SNSによるものも含めて、いじめが決して許されないことは言うまでもありません。しかし、「いじり」ならばよいと思っている人もいると思います。からかうようなことを言ったりしたりして、それを一つのコミュニケーションだと思っていることもあると思います。しかし、そこに相手のことを思う気持ちはあったか、単に自分が自分勝手に楽しむためではなかったか、自らを振り返ってみることは必要です。

 今日は弁論大会が開催されますが、2年前の弁論大会で当時6年生だった君たちの先輩が、「思いやりの心は“違いを認め合う”という前提があって初めて成り立つ」、「その前提を思い出すことで思いやりが実を結びやすくなる」と言っていました。

 自分がされて嫌なことは人にもするなとよく言われます。では自分が嫌ではないことなら人にもしてよいかというとそうとも限りません。自分の基準と他の人の基準は異なるかもしれません。しかも人の感情は日々変化します。昨日はよくても今日は嫌な思いをすることもあります。

 自分に感情があるように、他の人にも感情があります。自分の感情にとらわれるばかりでなく、他の人の感情を慮る。簡単なことではありません。しかし、人と人との間で生きていく上で、永遠のテーマではないかと思います。

 

 自分を大切に、人を大切に、自分には厳しく、人には温かく、だからこそ、頭を上げ、胸を張り、大地を踏みしめて堂々と闊歩することができます。創立記念に因んで、この「旃檀林の獅子児」としての基本を、あらためて胸に刻んでほしいと思います。