平成29年3月

 台湾に「泰北高級中学」という学校があります。この学校は、大正時代に曹洞宗がつくった学校で、昨年、創立100周年を迎えました。終戦後、曹洞宗をはなれましたが、その校章は本学園のそれとほぼ同じで、違うのは学園では三角と円弧がある中央の部分が、中学の「中」の字であるということぐらいです。学園も現在の校章となった1991年までは、それと同じ校章を使っていました。
 その泰北高級中学を、先月、学園の仏教専修科主事を務めている川上先生を中心とした東京の曹洞宗ご寺院有志の皆さんが訪問しました。私も2012年に、林名誉校長先生や有志の先生方と訪問したことがあって、そのときもそうでしたが、川上先生一行も、「ようこそいらしゃいました」と、礼を尽くした大変な歓待をしていただいたそうです。川上先生は帰国後、例えばと言って、生徒さんが描いてくれたというハンサムな似顔絵をうれしそうに見せてくれました。私にも、校長先生から立派な色紙を預かってきてくださいましたが、そこには達筆な字で「惜福」と書かれていました。福は幸福の「福」という字で、惜福は「福を惜しむ」と書きます。よい言葉をいただいたと、私も感激しました。
 「惜福」というこの言葉は、福に恵まれたときの心がけを言ったものです。巡ってきた福を、いい気になってすぐに使い切ってしまうというようにぞんざいに扱うのではなく、ありがたく受け止めて大切にする、その心がけが「惜福」、「福を惜しむ」ということです。
 したがって、感謝の心が惜福の心がけの土台となります。感謝の心をもてば、自分に巡ってきた福を他にも及ぼしたり、自ら福の種を蒔いたりという積極性も生まれます。積極性をもてば、自分は直接その恩恵を享受できないとしても、心の豊かさという福がたまっていきます。
 川上先生一行は、空港で帰りの飛行機を待つ間、あれだけ歓待していただいてこのまま台湾を発つわけにはいかない、せめて恩送りにと、空港のトイレ掃除を始めたそうです。ただ、掃除をしている間もトイレを使う人はいます。川上先生たちが床を拭いていると、おそらく台湾人であろう一人の紳士が入ってきて、驚いたような表情をして用を足し始めたそうです。その間に川上先生たちは洗面台に移ってその上を拭いていました。ほどなくして紳士も手を洗うために洗面台にやって来ました。するとおもむろに、洗面台の上を一緒になって拭き始めたのだそうです。そこで、一行の一人が「あなたは素晴らしい」と声をかけました。その紳士はにっこり笑って、「あなた方が素晴らしいんだ」と返してくれたそうです。
 川上先生一行は、泰北高級中学の皆さんからいただいた福をありがたく受け止めた。だからこそ、その福を空港のトイレ掃除という恩送りの形で他にも及ぼした。それが利他行となって、思いがけず一人の紳士の共感と協働を生んだ。対立も区別もない、心豊かな世界がそこに現成していたことは容易に想像できます。一行の深い感謝の気持ちが、お互いの心に福をためる出会いを生んだのだ思います。そして、この土産話を聞いた私の心にも福をためてもらった思いがしました。だから、君たちにも伝えたいと思いました。
 今年の最初の朝礼で、主体的に運を取り込む、普段からの自らの心、行動、習慣、それが人格を育て、運命をつくっていく、という話をしました。それは、思いがけず福が巡ってきたときも同じです。自らの在り方次第で、福を増やすことができます。自他の心を豊かにすることができます。人は誰でも、幸せに生きるために生まれてきています。惜福を心がけ、感謝の心を土台にして、たくさんの福をためてほしいと思います。(中学卒業証書授与式でのお話から)