校長のおはなし
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令和2年8月

 世田谷学園が大切にしているモットーに、「明日をみつめて、今をひたすらに」があります。「明日」という字は「明るい日」と書きます。それは希望であり、自分が未来にこうありたいと望む姿です。しかし、「明日」をただボンヤリと眺めているのであれば、いつまで経っても「明日」のままです。「今をひたすらに」生きる、その実践が何より大切なことです。

 

 日本近代文学の研究者で、キリスト教のシスターの鈴木秀子さんという方が、講演会でよくこういう話をされるそうです。

 

 小鳥が、地面の中にいる二粒の種に向かって「もうすぐ春がくるよ」と囁きます。一粒の種は「そうか、芽を出すときがきたか」と思いました。芽を出すには地面に根を張らなければなりません。ところが、その根を虫が噛みつくだろうと考えると、怖くて不安で仕方ありません。しかし、思い切ってどんどん根を張ると、「小さな種の自分にも、こんな力があったんだ」と気づきます。「春だよ、春だよ」と小鳥が呼ぶ声に、今度は思い切って芽を出してみました。芽を出してわかったことは、そこには別の世界が開けていて、心地よい風と輝く太陽が、あたたかく迎えてくれたということです。そして、種は立派な花を咲かせました。

 しかし、不安に思うばかりで何もしなかったもう一粒の種は、大きな鳥が来て食べられてしまったということです。

 

 鈴木秀子さんは、「人には小さな勇気が必要です。そして、そんなあなたをきっと待っている大きな世界があり、待っている人がいるのです」と言われています。その小さな勇気の使いどころは、「今、ここ」をおいて他にありません。

 

 人は、まだ起きてもいない未来のことをネガティブに想像して、心が不安でいっぱいになってしまうことがあります。過去の出来事を思い出しては、「あんなことをしなければよかった」と自分を責め、後悔することもあります。しかし、未来に不安を覚えても、不安を覚えるだけでは何も生まれません。過去を後悔しても、後悔するだけでは何も変わりません。自分がいるのは、過去や未来ではなく、「今、ここ」です。自分の意志で確実にコントロールできるのは、「今、ここ」の自分だけです。だから、もし、未来に対する不安や過去についての後悔に心が乗っ取られそうになったときは、「今、ここ」に自分の意識を引き戻すことです。そして、小さな勇気を発揮して、目の前の「今、ここ」にひたすらになるのだと、自分に言い聞かせるのです。

 

 最後に、戦後間もない頃、禅の文化を西洋に伝えたことで知られる、仏教学者の鈴木大拙博士の言葉を紹介します。大拙博士は、晩年、北鎌倉に設立した松ヶ岡文庫というところで研究生活を続けられましたが、そこへ行くには130段もある高い石段を上らなければなりませんでした。90歳を超えていた博士に、ある方が心配して「大変でしょう」と声をかけました。すると博士はこう言われたそうです。「いや、一歩一歩上がれば何でもないぞ。一歩一歩努力すれば、いつの間にか高いところでも上がっている」。

 

 2学期が始まりました。たとえ小さな一歩でも、明るい明日へと続く、尊い一歩を重ねて行きましょう。

(zoomにて全校生徒に配信)